ポジショニングの話

 天然キャラのテンプレートってあると思う。二次元で特によく見るけど結構現実にもいてそこらへんでもよく見るやつ、天然な子はぼーっとしてるとか子供っぽいとかそういうやつ。それは(勿論人にもよるだろうけど)大体好きでやってるんじゃない。自覚があるかどうかはともかくとして、結果的に意図的にそういうキャラクターに自ら寄せていっている。いわゆる天然っぽいと称される盛りだくさんのドジな行動を、許されるための要素を手に入れるために。可愛がられるのは力だし、愛嬌も力だし、何なら若さも幼さも力だ。「やれやれ」「かわいそうに」と思って、「許してもらう」ための力だ。 別に地の性格とフィットしてるなら全然いいんだと思う。ただ、私の場合はそれがひどくしんどい。だから、今いる場所からそこそこ早めに離脱しなくちゃいけないのかなとも考えている。対等扱いされない事に慣れてはいけない。対等扱いされるための能力もないしそれを上回る情熱や負けん気もないのに、しがみついているのもよくはない。私は「私なんてこんなもんだよ」って思う事を絶対に辞めたいし極論それを辞めたくて音楽をしている。周りの人は優しい。だけれど、ここにいてはいけない気がする。逆切れしないでここにずっといようとするのであれば、許されてしまうし、許してもらうための対価として私はおどけなければならない。それはよくない。誰のためでもなく私のために。許してもらう事に慣れ...

世の中と私

ブッカーさん(超お世話になっている)に「こんなにパーソナリティー心配になる曲作る子が、普通に社会生活営もうとしてるの面白いよね!」って言われたのが本日のハイライト。確かにぃ~~~と思ってとてもウケてしまった笑笑笑 …と、先日ツイートしたのですが、せっかくだからこのテーマでちょっとブログ書いてみる。ブログ書くのもめっちゃ久しぶりだな懐かしいや。 私、わりと「世の中なんかくそくらえだぜ!」「社会適合何てしてたまるか!!」みたいな人だと思われがちなんだけど(余裕を無くしてる時には実際そういう発言もしてしまいがちだけど)、実際そうでもないんですよね。私は滅茶苦茶働きたいし働いた上で滅茶苦茶認められたいし滅茶苦茶社会適合したいし、なんていうか、「真っ当な人が営む暮らしと日々のぬくもり」みたいなものに滅茶苦茶あこがれがある。何が欲しいってそれが欲しい。多分だけど、私はロックスターになるよりもそんな些細な日常の幸せが滅茶苦茶滅茶苦茶滅茶苦茶に欲しい。だけど果てしなーーーく遠いいんだよね悲しいね。 最近、有線とかでRADWIMPSの「愛に出来る事はまだあるかい(曲名なのかフレーズなのかわかんないけど)」を聴くと泣いてしまいそうになる。髭ダンとかも聴いていると泣いてしまいそうになる。それは楽曲として優れているという事もそうなんだろうけれど、それ以上に、「今日現在の私には手に入らない人々の営みの尊さ」...

仕事の都合で書いた作文だよ。

 思いっきり本名でやっているから滅多な事書けないんだけど、諸々の都合で転職活動の必要性に迫られたから転職活動をしている。まあ詳しくは書いてもよくなったら書きます。本名でやってるとこういう時不便…会社の人とか取引先とか万一の万一で見てるかもしんないので…。。。 で、転職活動中の一環で、怒りをテーマに作文を書いてください。っていう試験があって。時数制限のある中書いたら最近考えてることとか今までの歌が何だか歌いにくくなっちゃった理由とか凝縮された文章が出来て、ブログにも転載したくなったので転載します。時数制限あるから無理にまとめたところとか、会社に向けて書いたから文体お固かったりとかするけど折角だからそのまま載せてしまうよ。 働きたい会社に向けて「私は比較的情緒が不安定な人間です」と自ら宣言している様な気もするけど、まぁ嘘ついて入っても続かなそうだしこれでいいのだ。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 誰かや何かに怒っている時、人は自分を被害者であり、正しさを有していると感じている。自身の大切な物事が不当に踏みにじられた、そう感じた時に人は怒りを感じる。 さて、怒りは“大切な物事が不当に踏みにじられた”時に感じるものであると書いたけれど、それは「もっと大切に扱ってほしかったのに」という、悲しみの言葉にも言い換えられる。怒りの感情には、悲しみの影が潜んでい...

個人的人生パートの俺の話

 最近の私はちょっとライブを減らして、一日の中で音楽に割く時間を少し減らして、なぜだか労働をしている。別にそれですごくお金持ちになれるわけでもないし私にすごく得があるわけでもない。何なら無給の研修期間だったりする。だけど労働をしている。現実を頑張ってみたくなったから。 恥ずかしいことだと思ってたから小出しにしていたんだけど、私は去年の秋だか冬だか頃からずっと直行直帰で仕事をしていて、つまりほとんど誰とも会わないで仕事をしていた。人と会う事でベラボウに体力を削られる女が私だから願ったり叶ったりかと思ってたけど、そんな事なかった。全然なかった。誰とも会話をしないで過ぎる一日は、たまになら素敵だけれど日常になると気が狂いそうになる。「私は対人関係が得意ではない」という自覚があったから判断を鈍らせてしまったけれど、「あ、これは人間の(少なくとも私の)する生活ではないな」と思ったのでやめることにした。一人でいる時間が長すぎたから、色々と自分の事を顧みることも考えることも出来たし読書欲や知識欲もわいたし悪いことばかりではなかったけれど、この生活を続けることに限界を感じたし、何より毎日が無味無臭すぎて歌いたい事もクソもないし、今私の存在は音楽かSNSの中にしか無いんだなと思うと末恐ろしかった。ていうか、私は人間関係が怖いだけであって別に全然人嫌いとかじゃないし、むしろどちらかというと人間が好きな...

孫悟空になりたい

何言ってんだお前って思うタイトルだよね解説するからちょっと待ってね!昨日は始めてのレコ発自主企画でした、来てくれた参加してくれた皆様滅茶苦茶ありがとうございました!!でーどうだったのかなー楽しんでもらえたのかなーとか色々考えて、とりあえず昨日は何か色々ハシャいでしまっていたのだけれど一晩開けて冷静になって多分今までの私から考えたら成功したと言ってしまってもいいのかもしれないけれど、やだなーもっと良くしたいなー自己満足でめでたしめでたししたくないなー私ありとあらゆる意味においてもーっともーっとカッコよくなりたいなーやだなーと思って。今回結構友達とかお世話になった人とか来てくれて、人に気にかけて貰える事に滅法弱い私はそりゃもう滅茶苦茶嬉しかったんだけどそうじゃなくて。次に企画をやるときは、純粋なお客さんだけで今回と同じ人数集めたいし、純粋に音楽の力だけで望まれたいな。オラもっと強くなりてぇって永遠に言い続けたい。昨日はとっても楽しかったけれど、それはそれでこれはこれだ。企画をやってよかったなと思うのは、『本当はもっとやれたのに!』なんて言わせる隙もなく2019年2月現在の私のベストはこれで現在地はここで、何が足りなくて何をしなくちゃいけないのかがクリアになったこと。私はもっと強くなりたい。ライブを重ねて良く出来る部分については引き上げられたと思うから、今後はちょっぴり引き込もって修行僧...

愛こそ全てを認めたくない

 先日、始めてのライブハウスに出演した。 その月ごとにテーマがあって、そのテーマに沿ったMCないし演目をやるという趣旨のブッキングライブで、私が出演した月のテーマは「愛こそ全て」だった。 このテーマだと知らされた瞬間に、私は愛情飢餓感をテーマにしたライブをしようと思った。はじめて出るライブハウスで何だけれど、私は愛こそ全てだなんて絶対に歌えないし、 愛こそ全てと歌われたら間違いなく唾を吐き捨てるタイプの人間だから。  いや、思ってるんだけど。年を重ねるごとに物凄く実感しているんだけれど。そんな事わかってるんだけど。 だけれどだからこそ、「愛こそ全て」の世の中の中で、愛のない人生を生きている私達はどうすればいいのかという話で。愛のある世界で愛なき人生を過ごしてしまう人たちに、そんな残酷な正論を突き付けてどうするんだと思ってしまう。 愛情は万人に平等に与えられるものじゃない。愛情を手に入れるには、努力と才能と運と経験と信頼が必要で、それらが欠落しているばっかりに、飢えて苦しんでいる人なんてこの世に山ほどいる。素敵な人は愛されるし、そうでない人は愛されない。当たり前だ。私もあなたもマザーテレサでもナイチンゲールでも何でもないから、万人に平等に愛情を注いだりだなんて出来ないし、嫌いな人は嫌いだし、関わりたくないなと思う事も思われる...

おうた歌うのちょーたのちい

マイコプラズマとゆークソ長引く喉風邪をひいてしまって、2週間位ずっとずっと歌えなくて。歌えない生活の虚無感が酷すぎて、もう完全にメンタルが闇落ちしていました。ダークネスMAXだった。意味もなく!涙が!!溢れてくるぜ!!!みたいな感じになってた。やばかった。で、その二週間の空白期間を経て晴れて歌えるようになった今、歌えることが本当に嬉しくて楽しい。ああ上手くならないな、ああお客さん増えないな、ああ悔しいなしんどいな、っ色々鬱蒼としてたけどそんなもの全部ふきとんでしまった。お歌!歌うの!!超!!!たのっっっっしい!!!!!!ただただシンプルで根本的なところの喜びが沸き上がってきて、それ以外の事達なんて、どうでも良いわけがないんだけど一気にどうでも良くなってしまったよ。あー楽しい!あー嬉しい!!あー生き返る!!!と思えていることがまた更に嬉しい、と思って二倍嬉しい。明日はライブだね、実に一ヶ月ぶりくらいのライブだね、ドキドキするね。久しぶりだしご予約頂けてる(超絶嬉しい超ありがとう)し、今私とても楽しくなれているのでいいライブもすると思う。楽しみだなぁ、早く歌いたいなあ。そして風邪引き暗黒期間があったことで、何だか色々クリアにもなった気がする。そうでしたわ、私人生がどうしようもなく行き詰まってるから音楽始めたんですわ、私の現時点での幸福への道程は己の音楽に満足する道中以外にないし、歌えな...

CD作るし自主企画する。つまりはレコ発する

 始めてのレコ発で始めての自主企画をやることにしました。素敵な箱を借りて素敵な方々をお呼びして、レコ発自主企画をやります、来てね!!! …で終わるとブログにならないので(笑)もうちょっと蛇足! ブッキングライブの数ばかり増やして、それで一体何になるんだろう?どうして私はライブを沢山しているんだろう?とか何とか、あやふやではいけないと思って。 私にだって欲や野心がある。はじめは無かったのだけれど、やっていく内にどんどんどんどん芽生えてしまった。ただ楽しく歌って楽しく過ごしたい訳じゃないし(それも大事だけど!)、もっと沢山の人に聴いて欲しいしもっと沢山の人に私の音楽を好きになってほしい。そうでなくちゃ、わざわざ自作のポエムにメロディつけて人前で大声で歌うだなんて恥さらし行為はしていない。 のほほんとやってる訳じゃないよ、という事を自分にも周囲にもハッキリさせるために、そろそろ何かしかけなくちゃいけないなと思ったのです。嫉妬ばかりしているのにも疲れたし格好悪くてどうしようもない。正直集客や成功の見通しないし怖いけれど、怖いからって動かないでいたら、そのまんまでBBAになって死んじゃうよ。 それに、何だか最近ライブが出来ている様な気がして。ただ歌って弾いてるだけではない、しっかり概念としての、私が思う「ライブかくあるべし」みたいな物を取り戻せた様な気がして。心の底から見てほしい聴いてほしい...

あとは自分で考えろ

ライブがうまくいかなかったとき。上手くとかじゃなくいな、良くなかったとき。足が震えてしまったり緊張してしまったり、上手く歌えたかどうかだなんてつまらなく下らない事に心が持っていかれてしまったとき。何でなんだろうどうしてなんだろう、どうしたってライブの出来映えが安定しない。ということを、ここのところずうっとグルグル考えていた。人前にたって自分の思いの丈を突っ込んだ歌を歌おうとするとき、25年の人生の中で築き上げてしまった自己イメージが、私を下へ下へと引き摺り下ろそうとする。お前なんかに何かが出来る訳がないだろう。お前ごときの歌を聴きたい奴がいるわけがないだろう。お前に、歌ったりする資格なんかあるわけないだろう。根拠ない自信なんかどこにもないから、根拠ある自信を身に付けようとしてライブの本数を増やして練習の時間をバカみたいに増やした。だけどきっとそういう事じゃない。最近やっと我に返った。全然そういう事じゃない。恥ずかしいなら恥ずかしいで、押し潰されそうならば押し潰されそうで、そこはそのままでも構わないから。押し潰されてたまるかと足掻く姿をそのまま載せてしまえばいいのに。見せるまいと取り繕って手段としての音楽ばっかり気にしたりして、私は一体何をしているのか。この間、某わたなべさんの企画に参加させてもらって、事細かなレビューのブログを書いてくれた。すごく嬉しいしありがたい。その中で、ざっく...

超傷ついた映画の名言

 「永い言い訳」という、ちょっと前に話題になった映画がありまして、少し前にこの映画をみてとても面白くてとても感動して、とてもとてもとてもとてもダメージを受けました。(※ネタバレになっちゃうから、これから見る予定のある人はこの先読まないでね!!) 映画のラストシーンのきっと一番大事な言葉で、この映画の芯になる言葉が               「人生は、他者だ」 という一言でした。その一言のためにきっとそれまでの内容は作られていて、とても説得力をもって心に響くいいシーンで、いい映画だなと思いました。それと同時に、本当にそれはそれはそれはそれは、大きくダメージを受けました。いい映画だったしいいセリフだったし、本当にそれはそうだと思う。人生は他者だ。人と人との関わりだ。そりゃそうだ。 と、思うと同時に、友達はほぼ皆遠くに住んでいて、鑑賞当時転職前で職場でも完全に孤立していて、誰とも事務的ではない会話をしないで一日が終わる事がごくごく当たり前の日常だった私は、本当に、それはもう。ちょっとやそっとでは立ち直れないほどに深く傷つきました。傷つけられた!ひどい!!とかじゃなくて。ただただ普通にうちのめされました。 その影響も大分受けて、さっさと転職したので今は平和に楽しくそこそこ仲良く働いています。私は創作に影響をうけて本当に仕事を辞めたり、辞めることを辞めたり、引っ越したりとかする女なのでこう...

ハリボテぽてぽて

 ブログめっちゃ久しぶりですね。やっぱり書きたい事があるときだけ書くのが健全だよね~、とか何とか思いながら管理画面開いたら、結構アクセスあってびっくりしています。ありがとうございます嬉しい。ブログに限らずTwitterに反応あるのも(特に告知系に)サンクラに反応あるのもすこぶる嬉しいし何よりライブ聴いてくれたりするのめがっさ嬉しい壁打ちじゃなくなっているの本当に嬉しいありがとうございます嬉しい。 何だか最近沢山ライブをしていて、「超素敵…好き…」みたいな人と対バンさせていただく機会がチラホラあって。すごく嬉しいし呼んでもらえるの光栄だし嬉しすぎるのだけれど、いかんせんすさまじい違いに悔しくなったり悲しくなったりしてしまうな。私ギターとか音楽とか始めてそんなにたってないから~とか言い訳しようにも同じくらいですんげえ素敵な人ワンサカいるわクソが。ばーかばーか言い訳してんじゃねーよバーカバーカ。 最近すごく音楽に限らずいろんな意味でちゃんとしたくて、ちゃんとしたくて基礎連強化とかしているのだけれど、何だかそういう問題じゃない気もしているんだよな。(いやそういう問題もありすぎるのでギターとキーボードと教則本に張り付く毎日でもあるのだけれど) 一番の問題は結局気持ちの問題だよなあって思って。別にメンがヘラりやすい気質なのはそれはそれでいいとして(ていうかそうでなければ私はきっと音楽好きになっ...

とってもちゃっちぃトラウマの話

 ずいぶん前の、多分小学生くらいの頃に見たニュース番組で、通り魔殺人をしてしまった男の子の話をしていた。インタビューを受けていた人は、男の子について「普通の大人しい子だった。ただ、通りすがりによく時間や曜日を尋ねられた」と答えていた。 ぞっとした。 「何時ですか」「何曜日ですか」「今日の天気予報どうしたか」 そういった、全然知りたくもない質問を、私もよくしていたから。 一緒にニュース番組をみていたお母さんは「不思議だね」と言った。私は、全然不思議じゃないと思った。 私は、優しくしてくれる先生や、大好きな先生と喋りたかった。なんでもいいから喋りたかったし、私の事を気にかけて欲しかった。だけどなんて声をかけたらいいのかわからなくって、うまくしゃべれる気が全然全然まるでしなくて、全然何にも知りたくもない、当たり障りもない質問をしていた。 今思い出すと、ちっちゃい私どんだけ寂しかったんだろうか、と思うし我ながら撫で回してやりたい衝動にかられるのだけれど。当時の私は、「あっ、これ、やっちゃいけない事なんだ」「そうしたいって思ってる事が、バレちゃいけない事なんだ」と思って、それから先生に意味不明な質問をしなくなってしまった。 似たような話がもう一つある。 私のお母さんは、当時児童館の手伝いをしていた。もちろんお母さんは保育系の資格なんて持っていないし、(私が思うに)人を育てる事への適性も才能も...